空手家大山茂さん

先週の月曜日の夜、羽田飛行場でLAに戻る飛行機を待っていた時、ニューヨークでお世話になった空手家の大山茂さんが亡くなられたことを知った。Yahoo Japanのトップニュースだった。僕は1984 年、留学先のアラバマからニューヨークへ移動し、その年大山さんは極真会館から独立、World Oyama Karateを設立された。それ以来、僕は本や雑誌用に空手の写真撮影を頼まれ、食事にもよく連れて行ってもらい、豪快でユーモアのある大山さんに会うのが楽しみだった。

SDIM3996 (撮影したのはつい昨日のように思える)

亡くなられて1週間、昨夜、大山さんの夢を見た。僕は、もう使われていないと分かるニューヨークの空手道場にいて撮影の立ち位置とかを確認しながら「昔よくここで撮影したな、ああ懐かしいな」と思っている。そして次のシーンは道場の受付カウンターの前で、大山さんが突然現れて小切手を手渡してくれた。その色もロゴも鮮明に見覚えがあるし、書かれた金額もその当時の撮影代とほぼ同じだった。振る舞いがすべてゆっくりで一言もしゃべらなかったけど、階段の踊場に行く前、笑顔をうかべ大きな手で握手をしてくれた。そして、2階の道場から3人ぐらいの人(ぼんやりとしてよく顔が見えなかった)に支えられ、ゆっくりと階段を下り外へ出て行った。僕は道場にいた内弟子のYさんと一緒に「押忍」と叫んで見送った。大山さんの後ろ姿を見ながら、大山さんが向こうの世界へ行くのだと僕は思った。道場に戻ると僕と同じ歳のYさんが「どうしてこうなったのだろう、悔しいです」と言うから、僕は「患っていた病からも解放され、自由に飛び回れるので喜ばしいことですよ」と伝えた。そう言う僕もとても寂しく悲しい気持ちがして目が覚めた。

随分前、「押本、俺ももうそんなに長くないからな」と言う大山さんの夢を見た。それから少しして大山さんがニューヨークはビレッジの一等地にあった道場を閉めたと弟さんから聞いた。夢は不思議だ。

大山茂さま、
「押本、カメラがなくても写真が写せるぐらいになれよ!」と言われた言葉を思い出します。色々と良くして頂きとても感謝しております。人生、気合ですね。また威勢のいい声を聞かせて下さい。押忍!

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